2010/05/01

じわじわ効いてくる


僕がいつも見させてもらって勇気づけられてるブログ「フランス・アヌシー生活、帰国中」にフランスでの人種差別的な内容が書いてあったのを見て思ったことを僕も書こうと思いました。

こういうのって結構タブーというか、こういう所に書くのもって感じだけどどうなんだろう。
でもはっきり言ってやっぱりあるなぁと感じる。「ある」っていう発見を日本に居る時の僕は知らなかったからそれだけ言いたいだけなんですけど。それで今日の日記の内容おしまいなんですけど、あるんですよ意外にこれが。歴史の教科書に出てくる黒人とかじゃなくて自分に対して。

よく海外で生活してる人とかの言葉で「自分が日本人である事を強く意識するようになった」っていうのがあって、行く前は「あんまり意味分からんなぁ」と思ってたけど今は「そういう事か」という感じ。

コンピエーニュなんか田舎だからあんまり僕みたいなアジア人見慣れてなくて、結構外人扱いされてしまう。子供なんか正直だから僕の顔を凝視してポカーンとフリーズしたり、指差してこそこそ話とかしながら隠れたりする。

あー自分アジア人なんだなぁ。て感じます。
それでもすごい幸運(といって良いのかわからないけど)だったのは僕が日本人だったって事。見た目アジア人だから何となくそんな感じで対応されてても日本人って言った瞬間スッとトーンが変わるのが分かる。空港でも町でも学校で初めて会う同級生でも。むしろフランスに限った事でもないと思います。でもさすがにJapanって書いたシャツをずっと着てる訳にもいかないからあくまで普段の生活の中ではアジア人の自分というポジションで生活をしています。

あんまり気にしない事にしてますが、やっぱりそういうのあるんだなぁってちょっとショックだったり。その感情もなかった事にしようとしてみるもなんだかじわじわ効いてくる。気がつけば満員のバスの中でもしっかり黒人は後ろの方に座ることが多かったりで、ちょろっと来たよそ者には分からない、目に見えない力の存在を感じます。僕が適当に前に座ったり、後ろに座ったりしてるのを彼らはどう思ってるんだろう。

だからか、僕はこっち来てから逆に自分の服装とか表情とか気にするようになりました。海外行くと細かい事気にしなくなるっていう人もいますが僕は逆でした。相手からみたら「訳の分からんアジア人の男」だから汚い格好してたり何も喋らなかったりするだけでものすごく警戒又は相手にされなくなってしまう。オシャレって意味じゃなく浮かない服装、彼らの常識的なきれいな服装。表情やしぐさも全部改造してまず笑顔。そして喋りとしぐさで自分が何考えてるか相手から一目瞭然なように。怒ってるのか、喜んでるのか。相手の常識を探って、そのエリアから外れないように。自分は害のない人間ですよオーラを常に出すように心がけるようになりました。そうすればちょっと知らない人に道を聞くのでも反応が少し違うような。

まさかこんな形で異文化理解のために努力するなんて思いませんでした。
でもそういうエチケットが身に付いたのは良かったのかもという事にしとこう。



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