2010/12/29

三方よし


秋田さんのブログでいつか見た「三方よし」という言葉が後からじわじわきたのでご紹介。


売り手よし、買い手よし、世間よし


見た瞬間はそうでもなかったけど、後からやっぱりすげーいい言葉だなぁと沁みてきた。
忘れちゃったけど、日本のどこかの地域に昔からある言葉らしい。
秋田さんはこれに対して「それはデザインそのものです」て締めていた。

今でさえ、商売って売り手と買い手だけでいろいろ考えられがちだけど
そこに世間を入れてくる、昔のどこかの地域の人達の感覚にとても感動する。
そしてこの簡潔な言葉の言い回しも天才的だ。
確かに世の中のことまで考えられたらデザイナーだよね。
売り手と買い手だけだったら別に他の職業の人の方が得意そうな気がする。


2010/12/26

SHOW2010(RCAの卒展)

ちょっと前の話だけど、なにげ行ってたんだよー!!!
Royal College of Artの卒展SHOW2010だよーーー!!!

留学の最後の月に一人旅で行ったロンドン。メインの目的はこれ。
イロイロ書きたいネタ満載の旅でしたが、とっちらかっちゃうのでこの事だけ書きますね。


外から工房の様子が…

中の様子はこんな感じ。とりあえずすごく刺激を受けた。
もー日本でちまちまつまんない事やっててもダメだって思いました。
写真いっぱい撮ったけどブログ載せきれないので、僕が特に気になったものだけピックアップ。

その1:銅のアクセサリー
中学の理科の実験でやったような銅の結晶化の原理を利用して作るプロダクト。

最近、こういう作り方を作るようなプロダクトに個人的に惹かれています。
今までの工業製品に対して提案性を感じます。プロダクトの未来を考えさせる一品。

もちろん一つとして同じにならない。
工芸的かと言われれば全く人間の制御できる形の外にあるのでそれも違うような。

家具にまで展開しちゃったか。まいったよ。造形が独特すぎる。

その2:ペットボトルから作るアクセサリー
これは僕が一番好きなデザイン。

説明はうろ覚えだけど、確かどこかのアラブ系の国には写真のようなペットボトルがいっぱい落ちているらしく、まずそれをスライスする道具をデザインした。

そして写真左の、パチンコ板の様な釘がいっぱい刺さってる板にぐるぐると巻き付け、砂漠の熱い砂をかける。そうすると右のようにペットボトルをスライスした物が、巻き付けられた形を記憶する。釘の配置や巻き方で自由に造形できるので冒頭の写真のような様々なアクセサリーが作れるというもの。

このように、仕事のない貧しい人たちが身近に手に入る材料を使ってこれを作り、売り、自立していくための助けになる。
うん。いい事しか起きていない。素晴らしすぎる。
実際にデザインしたプロダクトはペットボトルをスライスするカッターと、パチンコ板みたいなやつだけなんだけど、デザイナーはそれによってシステム全体をデザインしている。最終的なアウトプットのデザインをするのはそこに暮らす人たちで、デザイナーはそのフィールドというかプラットフォームをデザインしたという事ですね。
システムのデザインと最終的にアウトプットされた物のデザインの両方がとても美しかった。
こういうのデザインしたかったなと思いました。


これは、よくあるプライウッドのスツールなんだけど、そのプライウッドの使い方が違う。
ふつう重ねちゃうところを彼は巻きながら重ねて、中空チューブを発明し、それでスツールを作りました。
つまり材料から開発して、それを使う事で新しいデザインを生むという事。
新しい材料で新しい表情と新しい強度を持ったスツールでした。

これはアルミの鋳物の足だけ作って、あとは適当に板でも入れて使ってくれい!というもの。
やはり物自体のデザインではなく、物の作り方のデザインに対する提案は自分が気にして見ていたというものあるけど、実際多かった気がする。
21世紀は大量生産否定ですか。モリス再来か。

ここからは少し毛色が違うけど気になったもの。
これはエコをテーマに作られた照明で、使われている全ての材料とその質量に対するCO2排出量が計算されタグに書かれているというもの。照明に使われてるのはコルクやオークなど環境負荷の低いものをメインに使っている。
後ろのポケモンカードみたいなやつにも様々な材料の同じ質量に対するCO2排出量とかが書いてある。
修論の参考になるかもと思って撮りました。

石と木の組み合わせがきれいな家具

ミラノサローネでも見た家具。パーツ同士をロープを通す事で固定し成り立たせている。
アイデア勝負。

なんか気になった。

木にガラス版が食い込んでる感じとかミニマムな感じが好き。
なんか気になった。

ゴロマニアとしてはたまらない足下。ディティールキング。

参考までに。車もありました。

うわすげーなーって思いながら見てたら、これ女の子の作品だった。なんか面食らった。

もうクレイとかじゃないのね。

建築もある。しかし表現がすごい。プランがグラフィック的にすごくきれい。見せ方も考えられている。


日本人の学生さんもいました。すごいなぁ。


---感想---
RCAに限らず他の学校のやっている事というのはいつも刺激になります。
世界一とも言われるRCAの学生とうちの学校の学生(自分)とを比べて
何が違うのか考えてみると、デザインの技術やセンスに違いがあるのはもちろんですが
重要なのは考え方の部分じゃないかなと強く感じました。

企業や先生ウケするデザインを知らずに狙ってしまってると思うんですよね。
2年生くらいから就職というのを強く意識してポートフォリオを作りだしますし、
企業ともいっぱいプロジェクトやったりするからだと思うんですけど
それ自体が悪いと言っているわけじゃなくて、とてもいい事だと思うんですけど、
ダメなのは企業や先生の選ぶ基準ってのを言い訳に、
自分でものごとをキチンと考えなくなくなってるのがいけないなぁと思います。
ずる賢い。

人の価値観に合わせて人のせいにしちゃってるというか。
そしてそれが非常につまらないデザインを生む原因だと最近反省してるわけです。

RCAに入れるのは才能や技術やセンスに恵まれた一握りの人たちだとは思いますが
ものごとを考えるのには何も必要なく誰にだってできるので、そこを怠って
あーだこうだ認められている人を羨ましがったりするのは違うかなぁ

と、僕はこの時思い、この日から勝手に
自分がRCAの一員であると思い込みながら、その基準で自分のデザインをみる
名付けて「ひとりRCA」をやっています。
仲間募集中です。
みんなもRCAに入ろうよ。



2010/12/17

Did I share too much?


あちらを立てればこちらが立たずという言葉がぴったりな今日この頃。
どうも、久しぶりのブログ更新です。
読んでいてくれた方、申し訳ありませんでした。
復活ののろしを上げたいと思います。

先日、バイトの現場に着いて一息ついた瞬間、突発的に思い立ってtwitterをやめてしまいました。
やめたと言うか、また少ししたら再会するつもりなので休止です。
そして勢いでiPhoneからtwitterのアプリも消しちゃいました。
脱twitter。
理由は自分でもよくわかりませんでしたが、直感を信じました。

何かを変えたいという思いがベースにあったが故の、ひじょーーに些細なチェンジだったのですが
それから自分でなにか理由をと思い考えてみると
確かに最近気づくと気持ちに任せてネガティブなつぶやきをしようとしていたり
twitter見るのにダラダラ時間を使ってしまっていたり
このブログの更新が少なくなったのも遠からず影響があるように思えて嫌だったりと。

で、やめてみて気づいたイイ事は、上に書いたような懸念が解消されるのはもちろんの事、
何日かあけて学校行ったときに、友達に話すネタが溜まってるという事です。
twitterって些細な感動や、うれしい体験をリアルタイムでシェアできる所に
醍醐味や魅力があると思ってるのですが
何かおもしろい事があるたびにつぶやいてると、実際友達に会った時にネタがないというか、
話そうとしたら「あーつぶやいてたね。」ってネタバレしてるみたいな。
シェアし過ぎなのかな?
ってふと思いました。リアルな会話がグレードダウンしちゃうような
そういう味気なさも同時に感じてしまってるんだなと思いました。

後輩の企業課題にも「人と繋がる」みたいなテーマがあったけど
そういうのって難しいし、結構苦手意識がある。
なんかこれからまだtwitterやSkypeみたいな革命的なサービスって生まれるのかな?
って未来のコミュニケーションに思いを馳せた今日この頃です。


ちなみにタイトルはFRIENDSに出てきたセリフです。
FRIENDSのセリフだけで会話できる気がするくらい見てます。
最近Sex and the cityにも足を踏み入れてしまいました。
街行く人の声が空耳で全部英語に聞こえてきます。
日本に居ながら異国を味わえる、とても簡単な現実逃避法。おすすめです。